※本記事はプライバシー保護のため、年齢・状況など一部フェイクを交えており、特定の個人が分からないよう配慮しています。
看護学校の実習で、今でもふと思い出しては「余計なことしたな〜」と反省する出来事があります


実習で患者さんを受け持たせてもらったとき、 **学生に求められていた一番の役割は「患者さんとのコミュニケーション」**でした。
ただ、当時の私は社会人経験があったこともあり、 「話すだけで本当にいいのか?
」「もっと何かできることがあるのでは?」話してるだけで、このままでは実習落とされるのかな?
その不安から、指導者の先生に相談したところ……
結果として、 ・レポート課題
・自宅での座学
が増えただけで、正直「思ってたのと違う…」という気持ちに。
今振り返ると、 実習生には“それ以上のこと”は求められていなかったんですよね。
受け持ち患者さんの背景
その時の患者さんは、
- 50代後半の男性(※フェイク)
- ADLはほぼ自立

- 日常生活は一通りご自身で可能
という方でした。
そのため、
- 清潔援助
- 生活介助
- 手浴、足浴等
といった「いかにも看護学生がやりそうなこと」は、ほとんど出番がありませんでした。
「何もしていない不安」に襲われた実習
実習経験がまだ浅かった当時の私は、
「患者さんと話すだけで評価されるの?」 「このままだと単位落とされるのでは…?
」
と、勝手に不安を膨らませていました。
でも実は、
- 話を聞く
- 関係性を築く
- その人を“知ろう”とする
これこそが、精神科看護の土台だったんですよね

今だから分かること
この失敗(?)経験から学んだのは、
「何かをする看護」だけが看護じゃない
ということ。
- そばにいる
- 話を聴く
- 無理に踏み込まない
そんな関わりが、とても大切になります。
もし今、 「実習でやることがなくて不安…」 「自分、何もできてない気がする…」
と感じている看護学生さんがいたら、 それは決して間違いではありません
その“モヤモヤ”も含めて、ちゃんと学びの途中です。
精神科看護に興味がある人には、ぜひ伝えたい実習のリアルな一場面でした


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