精神科で働き始めた頃、
「何を話せば正解なのか分からない」
そう感じる場面が何度もありました。
今回書くのは、**今でも忘れられない“言葉を失った経験”**です。
ある日、病棟に高齢の男性患者さんが入院されていました。
生活保護を利用されていましたが、年齢のわりにとてもしっかりしていて、身の回りのことはほとんどご自身でされる方でした。
数年前に奥様を亡くされ、身寄りはほとんどないと聞いていました。
ある日のこと、たまたまその方と二人きりになる時間があり、
何気なく私は聞いてしまいました。
「お子さんはいらっしゃらないんですか?」
今思えば、軽率な質問だったと思います。
すると、その方は少し間を置いて、静かに話し始めました。
「若い頃な、バブルの時代に事業をしとってな。
金もあったし、毎日遊んで飲んで、ほんまに楽しかったんや。」
「そんな時、妊娠が分かってな。
まだ若いし、今は遊びたい。子どもはまたできるやろって思ってな…
相談して、子どもをおろしたんや。」
「でもな、それから子どもは一度もできんかった。
これは罰が当たったんやろな…」
そう言って、少し寂しそうに笑われました。
その瞬間、私は何も言えなくなりました。
慰める言葉も、正しい返答も見つからず、
ただ黙って話を聞くことしかできませんでした。
精神科では、患者さんの「病気」だけでなく、
その人の人生そのものが深く関わってきます。
生活歴、後悔、喪失、罪悪感。
そこにどう関わるかは、教科書には載っていません。
この経験から学んだのは、
無理に正解を言おうとしなくていい
下手な励ましは、時に残酷になる
ただ「聞くこと」自体がケアになることもある
ということでした。
今でも、
「あの時あれで良かったのか?」
と考えることはあります。
でも、精神科看護に絶対の正解はない。
そう思えるようになったのは、この経験のおかげかもしれません。
(※本記事は、個人が特定されないよう内容を一部変更したフィクションを含みます)



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